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山田 靖了 (筆名 靖)
盛岡市出身。昭和38年、山形大学特設音楽科卒業。
声楽を松田晃、藤井典明の両氏に、ピアノを高橋功宣、大堀敦子の両氏に、
指揮を前田幸市郎、浜田徳昭、大谷研二の各氏に師事。

大槌、花巻南、盛岡第二、宮古、一関第一、盛岡第一の各校に勤務し平成13年3月退職

平成3年全日本合唱コンクール全国大会(岡山)において、県内初の金賞、
平成4年(仙台)銅賞、( ともに一関第一)
平成12年(郡山)銀賞(盛岡第一)を受賞。

現在、岩手県合唱連盟副理事長、混声合唱団「北声会」、一関女声合唱団指揮者
        
幸せな出会い 1997年8月11日・第31回定期演奏会プログラムより
 昨年の8月一通の手紙をいただいた。「北声会の指導を」尾形先輩からの熱烈なラブコールだった。
 高校時代、尾形利夫さん、英夫さん、ご兄弟には、卒業生の男声合唱団に加えていただき、音楽的なご指導をいただくなど大変お世話になった。  
何よりも尾形家には早稲田、慶応、立教、関学、同志社等のグリークラブのガリ版刷りの楽譜が沢山あった。各大学の愛唱歌、黒人霊歌など入手しがたいものばかりで、見るもの全てが新鮮で歌いたいものばかりであった。  混声合唱よりも男声四重唱にのめり込んでいた時だけに、とにかく楽譜見たさに毎日のようにおじゃましていた。
(四重唱の仲間については 「この日の歌 ある男たちの同窓会」 として昨年(1996年)8月、IBCから放送された)
高校卒業後、音楽関係に進むことになったのもこの出会いがあればこそであった。
 
そして、「北声会」 との出会いとなった。
 「北声会」 のことは、県内老舗の合唱団であることの他、あまり良く知らなかった。「音楽づくりは苦手です。トレーナーとしては自信があります。アンサンブルを勉強しましょう。」30年という歩みに圧倒されることが多く、非力を知るのみであった。
幸いなことにメンバーの心優しさ、音楽に対する真摯な想い、練習への熱心な取り組み・・・・・至らぬ私をカバーしてくれる。
 今宵の演奏会が、幸せな出会いから生まれた「新しい北声会」と「私」からの、熱い心のメッセージでありますように・・・・。
ハモることの魅力〜
  歌わぬカナリヤの大変身    
2001年7月8日・第35回定期演奏会プログラムより
常任指揮者  山 田 靖 了 
 5月中旬の深夜、上田通りの、とある飲み屋さんで中学時代の恩師F先生とお会いしました。
先生は英語の先生でフルートを奏し、同僚の先生方とヴァイオリン、チェロでトリオを組んで演奏されたり、私たちにはハーモニカバンドも指導されるなどハイカラな先生でした。
先生はお連れの方に「盛岡中学で男声四重唱を初めて歌ったその一人」と私を紹介して下さいました。
私が中学3年の時、市内の中学校音楽会にハーモニカバンドで出演した上に、飛び入りで男声四重唱を歌ったことを覚えていて下さったのです。
 当時は先生方と「グリークラブ」を結成しハモッてもいました。
高校に入学後も、同じ友達と歌ってばかりいて、勉強はそっちのけでした。
平成8年に、その当時(昭和36年?と記載)の録音テープが見つかり、CDにしました。(この録音テープが話題となり IBCTVから平成8年8月27日「あの日のうた・ある男達の同窓会」として放映されました。)


 私は小学校時代「音痴」といわれ、人前で歌うことは決してありませんでした。
中学時代の素晴らしい先生方、良き友達との出会いから「合唱」の楽しさを教わり、そのとりこになりました。


 さて、北声会も今宵35回定期演奏会を迎えることになりました。時に弱音をはき愚痴をこぼす至らぬ私を、メンバーの方々は大きな掌と懐で包んで下さいます。感謝の一言です。
演奏曲の「ウェンズディ」は昨年も取り上げましたが、より良い演奏を目指し、再度挑戦してみました。
 来年10月には再度北欧旅行の計画をしております。是非ご一緒に歌って下さる方を、と願っております。


 また今回は、岩手大学教育学部附属若竹コーラスの皆様方にご出演いただくことになりました。昨年の全日本おかあさんコーラス全国大会に東北支部代表として出場、ひまわり賞を受賞するなど、洗練された音楽的な魅力と若さ溢れた実力派の合唱団です。合唱団の皆様方と交歓・交流を深めながら多くを学びたいと思います。
 ご来場の皆様方に少しでも合唱の魅力をお届け出来ますように・・・・・。